首位脱落ピアストリ不振の背景。レッドブルの来季ラインアップ決定延期をどう受け止めるか【中野信治のF1分析/第20戦】
アウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスを舞台に開催された2025年F1第20戦メキシコシティGPはランド・ノリス(マクラーレン)がポール・トゥ・ウインを飾りました。ノリスとオスカー・ピアストリ(マクラーレン)のドライビングスタイルの違い、オリバー・ベアマン(ハース)の4位入賞、そして今大会チームメイトとのタイム差を縮めた角田裕毅(レッドブル)と、レッドブルの来季ラインアップ決定延期について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
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アメリカGP、メキシコシティGPの2戦でピアストリが振るわず、追う立場だったノリスがアメリカGPで2位、メキシコシティGPをポール・トゥ・ウインで終え、ノリスが1点差でドライバーズランキング首位に浮上しました。メキシコシティGP後にピアストリが「この2週間、マシンかタイヤか何かが、かなり異なる走り方を要求していた」とコメントしていたことは気がかりです。
ピアストリは『クルマの動きに対し素直に自分自身を合わせる』スタイルで、対するノリスは縁石をたくさん使うことからもわかるように『曲がらないクルマを自分自身の技で曲げようとする』スタイルです。簡単に言えば、穏やかに走らせるピアストリと、アグレッシブな走りのノリスという感じです。
これまでマクラーレンMCL39のポテンシャルを引き出す際、ピアストリのドライビングスタイルが合っていました。ただリザルトが証明しているとおり、ここ2戦ではピアストリよりもノリスの方がMCL39のポテンシャルを引き出せています。その原因は何なのか、理解が難しいですね。タイトル争いのプレッシャーがピアストリの走りに影響しているのか。それともチームがMCL39の作り方を変えてきたのか、意図せず変わってしまったのか……。それを一番知りたいのはピアストリ本人だと思います。

メキシコシティGPのピアストリとノリスのデータ比較を見ると、どのコーナーでもピアストリはノリスに負けています。それはここ2戦よりも前であれば考えられない状況です。ピアストリはどのタイプのサーキットでも強く、ノリスが得意とするサーキットであってもノリスからの遅れは0.1〜0.2秒程度でした。それが、メキシコシティGPのQ3では0.6秒もの差が開いています。それだけに、私はピアストリの不調はタイトル争いのプレッシャーで走りが乱れているということではないと考えています。
ピアストリにとっては厳しい状況ですが、ノリスが1点差でランキング首位となり、ファン目線では本当に面白い展開となりましたね。1点差のふたりの争いによっては、ピアストリから35点差のランキング3位につけるマックス・フェルスタッペン(レッドブル)にもチャンスが生まれるかもしれません。残り4戦ですが、タイトル争いの行方はまだ誰にも予想できない状況が続きそうです。

メキシコシティGPといえば、小松礼雄チーム代表率いるハースのベアマンが4位入賞を果たしました。ベアマンは学びのスピードが早いですし、そんなベアマンのポジティブな部分を小松さん&ハースが上手く引き出していると感じました。レース終盤に5番手のピアストリが背後に迫りましたが、バーチャル・セーフティカー(VSC)も入ったことで4位を守り切りました。運も味方したとはいえ、レースペースが良かったため、今回の4位はベアマンとハースの実力で掴んだものだと思います。
ベアマンが見せた『トップチームに匹敵するペースで走り続けた』という事実は、4位という結果よりも注目に値すると考えています。この好ペースを支えたのは、ハースのクルマのポテンシャルが上がっていること(編注:アメリカGPでフロア等にアップデート投入)。そして、ベアマンというドライバーのスピードセンスが覚醒した、という2点です。どちらかだけでは4位でチェッカーを受けることはなかったでしょう。


裕毅は予選11番手からいい走りを見せましたが、ピットストップの際のタイムロスもあり、決勝は11位となりました。入賞とはなりませんでしたが、フェルスタッペンとの予選でのタイム差が縮まったことはポジティブですね。0.012秒差でQ3進出は叶いませんでしたが、Q2でのふたりの差は0.211秒でした。レッドブルにとってメキシコシティGPは厳しい週末だったことが残念ではありますが、裕毅のスピード感覚がレッドブルのクルマに上手く適応できたなと感じます。
ここ数戦、裕毅は決勝でのペースが改善し、逆に予選でのパフォーマンス不足が目立っていました。ただ、メキシコシティGPでは予選・決勝ともに改善を見せることができています。決勝はチームのピットストップでのミスにより大きくタイムを失ってしまい残念でしたが、あれは裕毅が原因ではありませんし、次のブラジルGPでいい流れを掴めることを願うばかりですね。

そういえば、ヘルムート・マルコ(レッドブル・モータースポーツコンサルタント)がたびたび、メキシコシティGPまでパフォーマンスを見て2026年のレッドブルのドライバーラインアップについて決定を下すと発言していましたが、この決定のタイミングが延期されたようです。
この決断延期が裕毅にとってポジティブに進むことであれば良いと感じます。レッドブルという強い、トップチームがレギュラードライバーを決定するというプロセスは非常に複雑です。周りの状況や条件、バックグラウンドが複雑に絡み合って決定が下されるものですから、今回の決断延期はレッドブル側で『まだまとまっていない』ということでしょう。
この『まだまとまっていない』状況は裕毅にとってチャンスがあるということだと感じます。ですから、私はこの決断延期をポジティブに受け止めたいですね。F1の世界はあまりにも複雑で、物事を進める・決めるプロセスはこの上なく複雑です。一概に言えませんが、裕毅には目の前にある仕事をしっかりとこなし、みんなの予想を超えてくるようなパフォーマンスを見せることが今の裕毅に一番必要なのかなと思います。来季のシートを獲得するためにも、みんなの予想を超えてくるようなインパクトがあれば、大きな山も動くのかなと感じます。

1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。