「今、F1チームからオファーが来たら?」まだまだ上映中の映画『F1/エフワン』、日本レース界のブラピこと谷口信輝にネタバレ全開で聞いた
ブラッド・ピット(ブラピ)の映画史上、全世界で最高興行収益(5億4500万ドル/約802億1300万円)となった映画『F1/エフワン』。6月27日に公開されて以降、まだまだ日本全国、都内でも上映して大ヒット中のこの映画。多くの現役のレーシングドライバーやレース関係者も鑑賞している中、その感想についてはなかなか自分の立場やモータースポーツ界のことを考えて本音を言いずらいところ、ズバリ、この漢ならと期待を込めて谷口信輝の元へ。映画『F1/エフワン』をいち早く鑑賞し、その歯に衣着せぬ言動とオートスポーツweが勝手に『日本レース界のブラビ』と認める人気を併せ持つベテランレーシングドライバー、谷口信輝がネタバレ&谷口節全開で映画『F1/エフワン』を語った。
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??公開前の試写会でいち早く映画『F1/エフワン』を鑑賞していましたが、見終わった後の第一印象はいかがでしたか?
谷口信輝(以下、谷口):まずは、ブラピ(映画中の役名はソニー・ヘイズ)がカッコイイと。さすがブラピ、おじさんになってもカッコよさは顕在じゃないですか。ミッション・イン・ポッシブルでもトム・クルーズがカッコよくてアクション頑張っていましたけど、やっぱりブラピ、カッコイイなと。映画の内容に関しては、レースをまったく知らない人が『レースってこんな感じなんだ』って思われたくないなあ、というところもあるし、『おいおい、そんなわけねえだろう』という部分もありますが、まあ、映画は比喩として漫画ですからね。
??たしかに、フィクションですからね。
谷口:そう。たとえばリアルなレース現場に来たら、レースで順位なんかそんなに簡単には動かない。予選をやって速い者が前に並んでレーススタートして、速い者が前にいるんだからそんなに順位が動くわけねえだろうというのが、リアルじゃないですか。でもそれをそのま映画化したらちょっと盛り上がるポイントもなかったり、面白さを伝えにくかったりするところもある。映画は漫画と同じところもあるから、過剰にちょっと肉盛りしたり色付けするところはあるよね。
たとえばあの若い方の主人公が、レースで無理して攻めて行って、コースアウトしてガードレールにぶつかって飛んで行って火が出るなんてのはね、今はあるわけないんだけど、とかね。あとはドライバー間でね『行くな』とか『今、行くな』とか伝え合うとかね。そういうのはないじゃん。だから『おいおい』ってツッコミみたいところはある。でも、『この映画クソつまんなかったな』とかはまったく思っていなくて、シンプルに映画を見た感想で言うと面白かったなと。
??面白かった一方、プロとしてはツッコミどころも多く感じてしまう。
谷口:レース界にいる身からすると、老いぼれドライバーが初めてのテストでバカーンとクルマをぶっ壊して、その後にシートがあるわけねえだろうと。そういうツッコミどころはありますが、モータースポーツ界としてはね、映画としてやってもらえてありがたい部分と、そしてよくこんなの撮れたねと。レースに詳しければ詳しい人ほど、そう思うと思う。よくこんな撮影ができたなと。著作権、利権関係もそうだしね。
??リアルのレース開催時のスケジュールに影響しない範囲で撮影しているというのは普通にすごいですし、レースの走行シーンなどの迫力もありました。
谷口:うん。あんなの普通、撮れないから。すさまじい予算で、まるっきり全部セットで用意してやるしか、普通はできないじゃないですか。だからよく撮れたなと関心する部分もありましたね。
??どんな人におすすめしたい映画ですか?
谷口:本当にモータースポーツの認知度を広げていただける映画だと思う。モータースポーツの映画ってやっぱり少ないじゃないですか。だからモータースポーツにまったく興味なかった人とか、単純にブラピが好きで見に行ただけとか、要はモータースポーツファンはほっといと見に行くと思うので、そうじゃない方たちに広げる意味で見ていただけたらなと思いますよね。
??ここからは細かい部分についてネタバレ全開でお聞きします。オートスポーツwebとしましては、国内レース界のブラピとして、谷口選手にドライバー目線で聞いてみたいと思います。
谷口:いやいやいやいや(笑)。そんな大層な者じゃないです。
??同じベテランドライバーとして、今回のブラピ演じるソニーは型破りキャラという振り込みですけども、レースでライバルと故意に接触したり、ブロックしたり、いろいろな妨害技を見せていましたが、同じドライバーとしてどう感じましたか?
谷口:いや、ちょっと『ないわ〜』って。もうマナーもへったくれもないよね。あれだけレースを引っきり回して、それはさすがにオーガナイザーからもすぐペナルティだの出場停止だの、ライセンス剥達だのになるよね。特にそれが故意だったらね。まず、あのオープニングのデイトナのシーンで後ろから突っついたり、そこでチームには『またな』みたいな1匹狼感を出して、周囲といろいろ当たってというのも、実際にはあんなのないからね。
??レースは一匹狼ではできない。
谷口:たとえばブラピがどんなに速くてポテンシャルがあったとしても、やっぱりレースというのはチームとしての団体競技で、『俺が俺が』じゃなくてチーム全体、相方もいれば相方のことも考えてやらないといけない。それなのにあのブラピはモロに『俺が俺が』をやっているじゃないですか。あれが正しいと思っちゃダメなんですよ。それは誤解がないように伝えたい。現実ではあんな人はすぐに行き場がなくなってしまう。
??現代のレーシングドライバーは速さだけでは生き残れない。
谷口:チーム側からすると、ドライバーの速さがほしいのはもう当然、当たり前のことで、ドライバーは速さを持っていて当たり前。それ以外にチームをまとめる力、クルマを作っていく力、あとはクラッシュしない、ミスしない。バトルに強い、アウトラップでタイヤが冷えてる時に強いとか、タイヤがへこたれた時にもなんとかする、雨が降ってきた時にもなんとか耐えるとか、そういう引き出しがいっぱいあるという付加価値をどれぐらい持ってるかが、ドライバーの力量になる。
スーパーGTではチームにAドライバー、Bドライバーがいて自分だけにセットアップを合わしていくんじゃなくて、お互いが速く走れるセットを見つけていく。相手をちゃんと尊敬して、敬意を持って自信をつけさせて、お互いがいいポテンシャルを出すことによってチームとして勝ちに近づいていくというのが大事なんだけど、映画のブラピにはそういうのがちょっと足りないね。映画としてはまあ、フラピは破天荒でカッコイイし、漫画だなというところはあるけど、実質チームが求めるドライバーはああじゃない。現実としてはああいうのが正しいドライバーじゃない、カッコイイドライバーじゃない。
??映画の途中、ブラピはキャラが変わったように、チームメイトを勝たせよう、前に行かせようみたいになっていきました。
谷口:あの変わり目もちょっとよくわからなかった。そこはまたちょっと1回、曲調が変わったなというところあったね。『俺が俺が』側の曲から急に音色がちょっと急に変わりましたね。まあ、最終的に仲の悪いあのふたり(ブラピ演じるソニーと、チームメイト役のダムソン・イドリス演じるジョシュア・ピアース)、若手(ジョシュア)がね、じじい(ソニー)をリスペクトし始めるというところ。最後ブラピが勝つじゃない。現実ならあんなん絶対、若手からしたら悔しくてしょうがないはずなの。あの関係からすると『俺じゃなくてあいつが勝つなんてことありえない』って。普通はあのへっぽこチームで『最初に勝つのは俺だって』若い方が絶対なる。『この後から来たじじいに勝利をかっさらわれるなんか、もう生き地獄でしかない』って。そこは、ああ、漫画だなって。
??もし自分のF1初勝利が目の前の状況で、チームメイトの若手に勝利を譲ることとか考えられますか?
谷口:いや、もちろん譲らないよ。俺が言った団体競技と言っているのは、スーパーGTみたいにふたりで1台を乗るパターンのレースでのチームワークのことあって、2台が同じチームのフォーミュラだったら、やっぱりチームメイトはライバルだからね。あの皇帝だった(ミハエル)シューマッハーと2番手だった(エディ)アーバイン、(ルーベンス)バリチェロ、あんな風にチームが徹底してルールを決めていたら別だけど、そうじゃなかったらやっぱりライバルだと思う。たとえば、今のF1で角田(裕毅)と(マックス)フェルスタッペンがトップ争いしていたら、お互い仲良く『どうぞどうぞ』なんて絶対やらないし、トップは譲らないですよね。それが普通。
??あの映画の中のブラピ演じるソニー・ヘイズは設定年齢としてはおそらく、現在の谷口選手(54歳)と同じぐらいだと思うのですけども。
谷口:そっか。
??もしあの立場でF1チームに誘われてレースに出るチャンスが来たら、すぐに(劇中のように)シルバーストンでのテストに行きますか?
谷口:行きません。絶対行かないですね。もうね、あのF1はドライバーの領域じゃなくて、戦闘機のパイロットという領域だから。正直、やっぱりロートルが戦える場所じゃないから。あんなのあり得ないから。今、現役でいちばんのおじさんは(フェルナンド)アロンソかな。アロンソがすごく頑張っている方で40代前半でしょ?
??アロンソが44歳、次いで、ルイス・ハミルトンが40歳です。
谷口:だからやっぱり、F1を50代で、みたいなのは絶対無理だから。(歳を取ると)フィジカルとかじゃなくて感覚、センサー、反射神経、目もそう。やっぱりどんどん厳しくなってくる。やっぱり若い子が目はいいし、センサーの数と感度が違う。おじさんでも走れるのは経験値とかで走れるけど、やっぱり反射神経というよりいろいろな感度が鈍るんでね。そういう意味ではまあ、F1とかあり得ないですね。今、あんなところに行ったら生き恥をかきに行くだけ。国を挙げての大ブーイグを受けるだけですよ(苦笑)。
??同じベテランドライバーとして、ブラピがベッドの端で首を鍛えていました。走行後には氷水の中に入ったりしていましたが、共感しましたか?
谷口:絶対やらない。俺はよ、俺は本当に申し訳ないけどやっていない。勘違いしないでほしいんですけど、日本のレーシングドライバーでちゃんとしたドライバーは本当にちゃんと鍛えているからね。俺はまったくやっていないけど、トップドライバーであればあるほど時間があるので、メーカー所属のドライバーはトップカテゴリーだけで余計な仕事をしないで、その分のお金をもらっている。そのトップカテゴリーに出るのがベースの職業なので、ちゃんとみんな鍛えているけど、俺は全然そうじゃなくて、クルマ業界のマルチタレントとしてレースをやっているだけなんで。まったく体を鍛えたりとかもしてないし、した方がいいんだけど忙しいし、やる気もなくてトレーニングはやってない。俺、サウナからの水風呂とかもちょっと触ったくらいで『冷ぇ!』とかで、整うとかできない人なので(笑)、あんな氷水の風呂に入ったら『死ぬ、死ぬ』とか思って観てました。
??普段、レース後とかも、なにかケアとかしていないのですか?
谷口:しないです。ノーケアです。
??逆にすごいですね。
谷口:半分ギャグとしてね、俺の中ではトレーニングとかは弱っちいヤツがやるもんだと。強いヤツは何もやらなくても強い。あんなもん、弱っちいヤツが鍛えるんだと思っているので。
??それは完全に昭和的な理論ですね。
谷口:(笑)。あんなん鍛えたりとかするから代謝能力が上がって、いわゆる自分の体を動かすのにエネルギー効率が悪い、燃費が悪い体になって、すぐ疲れてすぐ汗かいてすぐ脱性症状になるんだと。もっと小エネ体質を作った方が疲れにくく、脱水とかなりにくいと思っている。俺はレース中に水とかも飲まないからね。
??谷口選手のポリシーというか谷口理論ですね。
谷口:弱いヤツが鍛える、という考え方もあるという、半分ギャグで聞いておいてください。まあ、あとは負け惜しみなので(笑)。
??あと、映画の中でのワンナイトラブの要素がありました。あの要素は必要あったのかなと思うのですが、谷口選手はドライバーとして、同じチームの首脳陣の女性にアタックするとか考えられますか?
谷口:タブーですね。あの人(ブラピ演じるソニー)は長くチームにいないタイプだからいいけどね。実際のドライバーは基本的にあまりチームを引っ越ししたいわけじゃないんでね。だいたい長くチームにいたい。そこでの恋愛ごとはやっぱりタブーですし、あれは漫画なので、やっぱりお色気タイムもないといけないので。映画全体としてみたら、アクシデントの要素、ちょっとピンク的なところ、そういう要素はあって良かったんじゃないですか。
??でも、残念ながら(?)現実ではほとんどない。
谷口:ああいうことをすると、ドライバーはだいたいそのあと悪い流れになり気味。過去にレースクイーンとかに手を出して流れが悪くなったドライバーはたくさんいるので。ただ、我々の先輩の先輩ぐらいはやっぱり『レースは獣のような闘志でアドレナリン全開で。金と女と名声を得るレーシングドライバーは男の勲章、かっこいいだろう』という漫画の世界でしたからね。今、長者番付で長嶋茂雄と肩を並べる時代だった星野一義をイメージして言っています。何をしても割と『ごめん』とか『てへ』で済む時代でしたけど、今はそうもいかないですからね。
??映画では最後、トップでファイナルラップに入ったブラピが、追い求めていた『飛んでる感覚』の領域に入りました。そういうゾーン的な感覚になる瞬間は実際にあるのですか?
谷口:ああ〜まあ、分かる。飛んでいる感覚というわけじゃないけどね。やっぱりタイヤもばっちり、クルマもばっちりで、もう抜群に『今(ゾーンに)入っちゃってるな』という状態になると、もう本当、コンマ1秒の時間の中にいるなという、クルマと人馬一体になって、クルマとタイヤの隅々まで神経が行き届いているな、という感じになる時はあるよね。
??頻度としては、どれぐらいあるのですか?
谷口:週1くらい。
??えっ!?、結構ありますね!?
谷口:ウソ(笑)。そんなのなかなかないですよ。なかなかない。やっぱり自分だけのメンタル、フィジカル、体調だけじゃないので。主にクルマでしょうね。結局クルマがその日、その時で違うし、タイヤもナマモノだし、路面や天候のコンディションも朝昼晩でもいろいろ変わっていくので、そんな中で始まりから終わりまでずっとゾーンに入っている感じはないと思うんですよ。走っているスティントの本当にある時間帯だけとか、タイヤが路面を食っている、そしてズレていくところがすべて把握できるというか、それを感じながら走ってライバルより速くて、もう気持ちが高揚していて、みたいなとことはあるよね。
??映画でブラピ演じるソニーはその瞬間を求めてレースをしていましたが、谷口選手はその瞬間を目指して走りたいという気持ちもある?
谷口:あれを目指すって? そう目指してできるものでもないから。本当に稀に、走り終わってから『うわ〜。今ムチャクチャ気持ちよかった』と気づくみたいな感じですよね。走っている時はもう速く走ること、クルマを感じること、タイヤを感じながら走ることのみに集中して、あとはライバルに対して以外、他は何も考えていないじゃないですか。このレースに対して走ることだけでなので、まあだいたい終わった後でしょうね。メチャクチャ(ゾーンに)入っていたなと思うことはね。
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映画『F1/エフワン』の試写会では、自動車評論家、そしてレース関係者、メディアなど、並み居る関係者でほぼ満席の中、颯爽と巨大なポップコーンにドリンク、さらにポテトまで追加して、リラックスして試写会を楽しんでいた谷口選手。自分は劇場でかしこまってしまったことを伝えると「(雰囲気に)負けたね。僕はもう、そんなの気にせず楽しもうと」と谷口選手。まさに、このスタンスこそ、映画『F1/エフワン』を鑑賞するのに相応しい。この現役ベテランドライバーの視点を踏まえて映画を見れば、また一段と見え方も変わるはず。まだ観てない方も、一度見た方も、もう一度ぜひ、劇場へ。
?谷口信輝(たにぐち・のぶてる)
1971年生まれ、広島県出身。16歳でバイクでレースをはじめ、興味を持って始めたドリフトから4輪のレースへ映ったストリート出身のレーシングドライバー。D1グランプリでチャンピオンに輝き、全日本GT選手権(現スーパーGT)のGT300クラスに参戦。2002年から現在まで参戦を続け、GT300クラスで3度のチャンピオンを獲得している。ハコ車マイスターとしての実力だけでなく、歯に衣着せぬユニークな表現で自動車評にも定評があり、日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員でもある。国内で人気の高いドライバーのひとりで、Youtubeの登録者は36万人を越える。