F1コラム:ハースの新コラボレーションのうわさと、引退するマグヌッセンが担うかもしれない役割
ベテランモータースポーツジャーナリスト、ピーター・ナイガード氏が、F1で起こるさまざまな出来事、サーキットで目にしたエピソード等について、幅広い知見を反映させて記す連載コラム。今回は、今季末でF1から引退すると考えられているケビン・マグヌッセンが、ハースとのつながりを維持する可能性とその役割について考察した。
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アゼルバイジャンGPで出場停止のペナルティを消化したケビン・マグヌッセンが、シンガポールGPでF1に復帰したが、良い結果を出すことはできなかった。マリーナベイは、マグヌッセンにとってお気に入りのコースのひとつで、マクラーレン、ルノー、ハースのいずれの時代にもポイントを獲得し、合計2回のファステストラップを記録した場所だ。
しかし2024年のシンガポールで、マグヌッセンは再びチームメイトのニコ・ヒュルケンベルグよりも遅かった。ハースのチームメイト対決では、予選でヒュルケンベルグが14対3で圧倒的にリードしている。予選Q2でマグヌッセンがヒュルケンベルグより0.5秒遅かった理由のひとつは、彼には最新のフロントウイングが与えられていないことだっただろう。だが、2024年シーズン全体の成績を見ると、新しいパーツがヒュルケンベルグに優先的に与えられるのは当然のことだ。
シンガポール決勝では、ヒュルケンベルグは再びポイントを獲得し、ドライバーズ選手権で24ポイント獲得の10位。マグヌッセンはリタイアし、ここまで合計6ポイントでランキング17位に沈んでいる。
マグヌッセンは、来年F1で走ることはない。現在、ザウバー/アウディに空きシートはあるが、彼らはマグヌッセンに関心はないようだ。ヒュルケンベルグのチームメイトとして最有力候補といわれるのはバルテリ・ボッタスで、それが決まれば、2025年全チームのドライバーラインアップのなかで、最年長のペアとなる。
今年5月の時点で、マグヌッセンは来年はハースで走れないことを告げられた。他への移籍の可能性を探るなかで、マグヌッセンは、当時ザウバー/アウディのボスだったアンドレアス・ザイドルと2025年の契約について交渉を行ったが、ザイドルは7月末にチームを離脱したため、マグヌッセンが加入するチャンスが大幅に減少した。
アルピーヌでも同様のことが起きた。マグヌッセンは当時のチーム代表ブルーノ・ファミンと話し合いをしていたものの、代表がオリバー・オークスに代わったことによって、マグヌッセンのチャンスは消滅した。
いずれにしても、アルピーヌもザウバーも、現時点でハースよりコンストラクターズ選手権の順位が下のチームであるため、マグヌッセンがそのシートを熱望していたことはないだろう。彼が結局、今年12月のアブダビGPで現役F1ドライバーとしてのキャリアが終わることを受け入れ、そのことに大きな不満は持っていないのも、それほど驚くべきことではない。
現役F1ドライバーのなかで、唯一マネージャーを持たないマグヌッセンは、他のカテゴリーのチームとの交渉を自分で行っている。ヒュルケンベルグと過ごした2シーズンにより、マーケットでの今の彼の株価は思わしくない。
WECにおいては、フェラーリを含むいくつかのチームとコンタクトを取った。しかし、WECのトップチームのほとんどは、2025年のドライバーを決めている。マグヌッセンが、F1の下位チームで走る気がないのであれば、WECの下位チームで走ることに意味を見出さないだろう。
シンガポールの週末、マグヌッセンは、F1よりインディカーでの方が、自分が好きなハードなドライビングができると示唆した。そのインディカーでも、上位チームの席はすでに埋まっている。残っているシートのほとんどが、契約するにはドライバーが1000万ドル(約14億8000万円)規模のスポンサーを連れてくる必要がある。
現時点では、マグヌッセンが2025年に担う主な仕事は、ハースF1チームのアドバイザー兼アンバサダーのようなものになるのではないかと考えられる。マグヌッセンは、チームオーナーのジーン・ハースと、タイトルスポンサーのマネーグラムの人々に、非常に気に入られている。さらに、今後もデンマークの複数の個人スポンサーとのコラボレーションを継続することも可能だ。
ハースに関わり続ける場合、その具体的な仕事は何になるか、まだ明らかではないが、7シーズンを同チームで過ごしたマグヌッセンは、チームの今後の発展において重要な役割を果たすことになる可能性がある。ジーン・ハースは、チームが序列を上げるためには、大きな変更が必要であると認識している。そのなかで、フェラーリやダラーラへの依存度を減らすことも検討することになるだろう。
その場合、うわさされてきたように、トヨタとの技術提携も選択肢のなかに入って来るかもしれない。ハースとトヨタが協力関係を結ぶことは、両者にとってウインウインの状況を生み出すように思える。ハースは、フェラーリとのコラボレーションを継続しながら、より大きな技術力を獲得することが可能になる。トヨタがケルンに有するモータースポーツ本部は、現在、WEC活動に使用されている一方で、過去に他のF1チームが借りていた風洞など、ハースが活用できるリソースがある。
トヨタにとっては、国内市場においても重要となるF1とのつながりを構築することができる。国内カテゴリーでトヨタと競っているホンダは、レッドブルや2026年からはアストンマーティンとの提携を通して、若手ドライバーを将来のF1活動を視野に入れた形で育成することができる。しかしトヨタはそこまでのF1との強いつながりを持っていない。
そのため、トヨタはハースとの提携の一環として、若手ドライバーたちにとってF1へのパイプラインとなるようなプログラムを考えるかもしれない。ハースと契約することで、2年前のF1マシンでのプライベートテストに育成ドライバーを参加させることができる。そのテストによって、技術的なノウハウを得るとともに、日本の若手ドライバーにF1カーで走る貴重な時間を与える機会ができるのだ。
トヨタからWECに参戦している平川亮は、今年、マクラーレンF1のリザーブドライバーも務めている。また、トヨタ傘下の宮田莉朋は、FIA F2に参戦中だ。
うわさされてきたとおりにハースがトヨタと提携し、ドライバープログラムが開始される場合、重要な役割を任せられるかもしれないのが、マグヌッセンだ。現役を退いたばかりの経験豊富な彼は、その任務にうってつけの人材といえるだろう。そして、マグヌッセンにとっては、そのポジションは、将来トヨタWECチームへの加入につながり得る重要なキャリアの転換点になるかもしれない。