2025.01.28

【小松礼雄コラム番外編】F1チームとラグビー代表のマネジメント術。エディー・ジョーンズHCと共感した“同時進行の取り組み”の難しさ


ラグビー日本代表のヘッドコーチを務めるエディー・ジョーンズ氏(左)と、マネーグラム・ハースF1チームの小松礼雄代表(右)
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 2025年シーズンで10年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄代表。2024年8月、小松代表は、組織づくりのヒントを得るべくノーサンプトン・セインツというイギリスのラグビーチームにアプローチし交流を図った。こうして別のスポーツに対して“ドアを開く”ことを続けてきた小松代表は、ラグビー日本代表を率いるヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏と面会。お互いに組織を引っ張るチームリーダーとしてどんな共通点や違い、学びがあったのか。小松代表のお話を紹介します。

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 昨年、僕が組織づくりのヒントを得るためにノーサンプトン・セインツにアプローチしたことがきっかけで、ラグビーの元イングランド代表のキャプテンであるディラン・ハートリーとの間にも縁ができました。そのディランが機会を作ってくれて、ラグビー日本代表のヘッドコーチとしてイングランド戦に備えてロンドンに来ていたエディー・ジョーンズと話すことができました。

 エディーはかつてイングランド代表の監督を務めていて、ディランはその時にエディーの下でキャプテンとしてチームを引っ張っていました。ディランと話していたときに「エディーのことをどう思うか?」という話になり、2015年のワールドカップで日本代表が南アフリカ代表に勝つという想像もつかなかった結果を残したのだからすごいと思っていることを伝えると、ディランが「もしエディーに会いたいなら繋いであげる」というのでお願いしたんです。エディーの方も興味を持ってくれて、3人で会うことになりました。

 僕のなかで一番印象に残ったのは、エディーのリーダーシップです。僕たちは初対面だったのでどれくらい迷いや弱みをオープンに話してくれたのかはわかりませんが、彼は白黒はっきりしていて、厳しい面もありつつ、周囲の人をグイグイと引っ張っていくような人間だと感じました。エディーはオーストラリア代表のヘッドコーチを務めた経験もありますが、当時30代で、母国のヘッドコーチになる夢は叶ったものの解任されるという経験もしています。若い時にある種のどん底のようなものを知ったからこそ、人としての強さがあるのではないでしょうか。

 また3人で話すなかで、エディーとディランの間にある厳しくもとてもいい師弟関係というのも感じました。先に書いた通りディランはエディーの下で試合に出ていましたが、彼はキャプテンとしてチームを統率する力がある一方で、フィールド上ではかなり激しいプレーをしますし、ギリギリのプレーをするので試合では何度も退場処分を受けて出場停止などにもなっていました。これもあってファンの間でディランは好き嫌いの別れる選手でした。それに当時のチームにはディランと同じポジションを争う若手の凄い選手もいました。そういう状況でエディーはディランに対して、「君がやるべきことはこれで、それ以外のことは心配しなくていい」と指示を出していたそうです。

 リーダーシップを持つエディーからの明快な指示というのはすごく大切で、それがなかったらディランは若い選手とポジションを争うなかでうまくやれないし、キャプテンとして集中してチームを引っ張ることもできなかったはずです。コンセプトとしては僕もこれまでニコとケビンに対してそうしてきましたし、これからエステバンとオリーに対しても同じように接するつもりです。エディーとディランとの間でも白黒のつけ方は想像していたよりもはるかにはっきりしていました。

ニコ・ヒュルケンベルグ&小松礼雄代表(ハース)
2024年F1第24戦アブダビGP ニコ・ヒュルケンベルグ&小松礼雄代表(ハース)
小松礼雄代表&オリバー・ベアマン(ハース)
2024年F1第17戦アゼルバイジャンGP 左から小松礼雄代表、オリバー・ベアマン、レースエンジニアのマーク・スレード(ハース)

 以前コラムで、セインツの監督(Director of Rugby)であるフィル・ドーソンと話した時に、彼がF1に対してアンタッチャブルなイメージを持っていたということを書きましたが、それは今回のエディーも同じでした。ディランも言っていましたけど、スポーツの規模で言えばラグビーはサッカーよりも小さいし、F1はサッカーに携わる人から見ても規模が大きいので、やはり何が起きているのかわからない世界というふうに見えているようです。ですから逆に彼らはF1の世界がどういうものであるのかをとても知りたいと思っていました。お互い、ヒントを得ることが多いからです。

 それから、エディーは僕の話のなかで、僕がチームのメンバーにどう接しているのかを聞いて新鮮に感じてくれたみたいです。というのも、ハースには300人以上のスタッフがいますが、みんなここで働くまでにまったく違う経験を積んできています。もちろん仕事の内容もそれぞれ異なり、年齢層も20代から60代まで幅広くいます。ですから必要とされるマネジメントのアプローチも本当に様々です。いろいろな背景を持つ人がいるということは、僕が何かを伝えてもそれの受け取り方や理解の度合いが変わります。全員に本来の意図をしっかりと伝え、やる気を持って仕事をしてもらうにはマネジメントとしてかなりの柔軟性が必要だと感じます。

 一方でエディーが率いる国の代表チームは、コーチを含めても年代の幅もそこまで広くないし、人数も少ないです。選手も所属チームこそ違っても、子供の頃から似たようなキャリアを辿ってきた人が多いですよね。エディーはかなり強い個性と明確な一本の方針とやり方でやっている印象を受けましたが、それをそのままハースでやったら9割の人がついてこないだろうとも思います。

 僕が伝え方を人によって変えるのを特に意識しているのは、いろいろな背景を持つ人がいるからという理由以外にも、人それぞれやる気が出る環境って違うと思うからです。それでも僕はチームの人から怖いとか厳しいと言われることがあります……。エディーの場合はそういう対処方はせずもっと直線的な感じを受けたので、彼と話している限り「なんだ、僕なんて全然厳しくないじゃん」とも思いました(笑)。もちろんすべては相手があってのことですから正解はたくさんあると思います。それぞれの状況をどれだけ正確に早く見極められるか、そして見極めた時に適当な解を出すための引き出しを多く持つことですね。

小松礼雄代表&ケビン・マグヌッセン(ハース)
2024年F1第8戦モナコGP 小松礼雄代表&ケビン・マグヌッセン(ハース)

 オペレーション面についても質問を受けましたし、レースの前にどういったシミュレーションをして臨むのかなどの話もしました。ちなみにエディーのやり方は、試合の前にいろいろなことを細かく決めて、何かわからないことがあったら「この点に戻って考え直す」というようにしているそうです。その細かさと決まり事の多さはびっくりしました。僕たちは逆にちょっとそこら辺のシミュレーションが足りてないなと感じたので、エディーと話した後のシーズン終盤戦でやや準備の仕方を変えましたし、今年はさらにこのエリアでもっと踏み込んでいこうと思っています。
 
 お互いある組織のなかでトップという立場にいますが、もちろん共通点もあります。そのひとつが「短期的な取り組みと長期的な取り組みの同時進行」です。エディーがイングランド代表のヘッドコーチだった時、就任時の目標はワールドカップで勝つことでしたが、その前に行われたシックス・ネイションズという大会で結果を出すことができず彼は解任されました。ワールドカップに向けて彼には彼の長期的なプランがあったのですが、その一方ですぐに結果を出さなければいけないという面もある時から出てきたようです。

 それは2024年シーズンの僕も同じで、最低でもコンストラクターズ選手権で8位にならなければいけないという状況でした。1年で結果を出さなければいけない一方で、同時進行で中・長期的にチームを強くしていくのが難しいというのは、スポーツが違っても共通です。あとは、エディーの世界では現場監督の彼が協会とどうやっていくのかというところも、僕がF1チームの代表・責任者としてオーナーのジーン(・ハース)とどうやっていくのかというところに共通点があり、ヒントがありました。

 前回会ったフィルやディラン、そして今回初めて話したエディーなど、実際に会って話してみると本当に参考になるし、やはり情熱を持って世界で戦っている人たちと会うのは単純に楽しいですしエネルギーをもらいます。エディーとはまた近々会う予定もあるので、これからもお互い刺激し合えるような交流を続けていきたいと思います。



(Ayao Komatsu)

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