【F1ドライバーを支える人々/アントネッリの広報担当 エレーロ・ベネガス】メルセデスを愛してやまないハミルトンの元側近
過酷なシーズンを送りつつ、キャリアを切り開いていかなければならないF1ドライバーたちには、それぞれすぐそばで支える仕事上のパートナーがいる。この連載では、ドライバーの心身をサポートするマネージャー、フィジオ、アドバイザーといった人々に焦点を当てる。今回紹介するのは、メルセデスのアンドレア・キミ・アントネッリのメディアオフィサーを務めるロサ・エレーロ・ベネガスだ。
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F1の世界で働くことを生涯の夢とする人もいれば、もともとはこのスポーツに特別な関心を持っていなかったにもかかわらず、結果的にこの世界に完璧に適応する人もいる。
ロサ・エレーロ・ベネガスは、メルセデス時代のルイス・ハミルトンのキャリアのほぼ全期間にわたって彼のそばにいた人物で、現在はチームのシニアPRマネージャーとして、アンドレア・キミ・アントネッリのメディアオフィサーを務めている。しかし、彼女がその地位にたどり着いた経緯は、まったくの偶然だった。

子どもの頃は宇宙飛行士になることを夢見ていたが、ドイツではパラリーガルとして働き、弁護士になるための訓練を受けていた。ニュルブルクリンク近郊の地域で法科大学院に通っていたものの、モータースポーツとの接点といえば、親しい友人に連れられてノルドシュライフェの走行会を2度見に行ったことがある程度だった。さらにエレーロ・ベネガスはその2回の経験を経て「自分には向いていない」と感じ、それ以降は足を運ばなくなったという。
とはいえ彼女は、ドイツの主要な自動車ブランドと、それらが持つ世界的な重要性については理解していた。そこで法科大学院に在籍中、学費を支えるためにできるだけ多くの収入を得ようと考えた彼女は、展示会などでホスピタリティ業務を行っていた。その経験がきっかけとなり、ドイツ語と英語を話せる人材を必要としていたメルセデスDTMチームのホスピタリティ部門から、レースウイークエンドの仕事でブランズハッチに行くという依頼を受けることになった。
そこでノルベルト・ハウグから、ドライバーやエグゼクティブゲストの世話をする業務の最前線で働く役割を任され、その週末の働きぶりが評価されて翌シーズンも戻ってくるよう依頼された。DTMの大半のレースはドイツ国内で週末に開催され、彼女は金曜日に授業がなかったため、学業と並行して収入を得る絶好の機会となった。
メルセデスがF1に参戦するにあたり、F1チームで働く話も持ち上がったが、移動があまりにも多く、学業と両立できないため辞退した。しかし、バレンシアでの1戦のみはスケジュールに合ったため手伝うことになり、ミハエル・シューマッハーの最後のグランプリ表彰台に立ち会うこととなった。
DTMという非常にドイツ色の強い環境から来た彼女は、スペイン語と英語を流暢に話せたにもかかわらず、F1パドックのさまざまなアクセントに適応するのに苦労した。そのため、その週末はゲスト対応から離れ、キッチンの手伝いや雑務などを多く引き受けていた。そこで良い印象を残したことで、夏の間もチームに残ることになり、学業再開後も、試験を終えたらフルシーズンで戻ってきてほしいと依頼された。
実際のレースをほとんど見ることができない仕事ではあったが、チームの環境を楽しんでいた彼女は、1シーズン働くことに同意し、経営陣として影響力を強めていったニキ・ラウダやトト・ウォルフとも良好な関係を築いていった。その後、エレーロ・ベネガスが法律の仕事に戻るためにチームを離れる可能性があると聞いたウォルフは、コミュニケーション部門での1年契約の代替要員としてのポジションを彼女に提案した。

1年間イギリスで暮らせることに魅力を感じ、彼女はその提案を受け入れた。すると、シンガポールGPの週末に一度だけハミルトンの対応を任されたことがきっかけとなり、ハミルトン本人がメルセデスに対し、エレーロ・ベネガスを自身の専属プレスオフィサーにするよう求めた。
失読症を抱えていた彼女は、自分には務まらない役割だと考えていたが、コミュニケーション・ディレクターのブラッドリー・ロードに背中を押され、自身の強みに合った形でその職務に取り組んでいった。初期のソーシャルメディア対応やチャリティ活動、イベントの企画に加え、ハミルトンのスケジュール管理も担当するようになったのだ。
このパートナーシップは大成功を収め、F1関係者の多くは、ハミルトンがマラネロへ移籍する際にエレーロ・ベネガスもフェラーリへ同行するものと考えていた。しかし、人々が思う以上に、彼女はメルセデスチームに対して深い愛着を感じていたようだ。
冒頭で触れたとおり、エレーロ・ベネガスがF1で働くようになった理由はスポーツそのものではなかったが、チームの環境は家族のような存在となり、ジュニアドライバーのマネジメントを手伝うなかで、チームの未来とのつながりを感じるようになった。その結果、アントネッリが昇格した際には彼の担当を任され、ハミルトンとは異なるキャラクターに適応しながら、F1での成長を支えるという新たな挑戦を楽しんでいる。
いつかはドイツに戻るつもりだと彼女は語るが、メルセデスという居場所を離れるのはあまりにも難しく、法律の世界に戻る将来像は今や現実味を失いつつあることも認めている。