オコンとベアマンに必要な“正反対のアプローチ”/願いが叶ったグロージャンのF1走行【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第11回】
2025年シーズンで10年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄代表。ヨーロッパラウンドを終え、F1はシーズン終盤のフライアウェイラウンドを迎えた。アゼルバイジャンGPでは、初日こそ好調だったものの持っている速さを活かせず無得点に終わってしまった。エステバン・オコンとオリバー・ベアマンには正反対なアプローチが必要だということも浮き彫りになったが、裏を返せば、それができればハースさらに強力なチームになるということだ。
グランプリ後には、ハースF1発足時からチームに所属したロマン・グロージャンのためにテストの機会が設けられた。2020年のバーレーンGPを、グロージャンの最後のF1走行にしたくなかったという双方の願いが叶って実現したこの走行には、小松代表をはじめとした当時グロージャンを支えたクルーたちが集まった。
今回はアゼルバイジャンGPと、グロージャンのテスト走行を小松代表が振り返ります。
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■2025年F1第17戦アゼルバイジャンGP
No.31 エステバン・オコン 予選失格/決勝14位
No.87 オリバー・ベアマン 予選15番手/決勝12位
アゼルバイジャンGPは、金曜日のFP1からFP2にかけてトップスピードが改善し、オリーはクルマに問題があったものの初日を5番手で、エステバンも8番手で終えるといういい出だしでしたね。それが土曜日になって失速してしまったのは否定できません。エステバンはブレーキの問題を解決しきれず、オリーは予選Q2でクラッシュがありました。
エステバンについては、FP3でブレーキのフィーリングが悪いとのことだったので、一生懸命エンジニアたちがデータを見てくれたのですが、原因を特定できませんでした。予選はできるところだけ修正して走ったのですが、このバクーのコースにおいてブレーキングで攻められなかったらラップタイムは出ないしQ2には進めません。
エステバンはとても繊細な性格で、おおもとのクルマがよくても、何かフィーリングが悪いとなかなかタイムが出ないんです。繊細な感覚を持っているのはいいところで、クルマの開発にはとても役に立つのですが、逆にフィーリングが悪いと、まったく攻めきれずにクルマのすべてを引き出せないのです。
彼とは反対によくないクルマでも攻め切ることができるのがオリーです。オリーは気に食わないクルマでもタイムを出せるのですが、そうするとクルマの絶対的な速さは改善されません。だからオリーには、フリー走行などでもっと気になる点を教えてくれと伝えています。
Q2でクラッシュしたところからオリーはレースで頑張ってくれましたけど、もう少しマージンをとって安全に走れるところまで到達できれば、もっといい走りができるはずです。振り返ってみると、昨年フェラーリから代役としてサウジアラビアGPに出場した際、オリーは7位に入賞しました。でも予選とレースで3回ほどウォールにかすっていて、一歩間違えればクラッシュして終わっていたところでした。あのときは無事でしたけど、速いドライバーというのはそういう紙一重のレベルでミスなく走っているので、オリーにも必要なマージンを理解して走れるようになってほしいのです。
ようするに、今エステバンとオリーに必要なのはほぼ正反対のことです。エステバンは感覚が完全に合わない状態のクルマでもそのクルマのすべてを出し切ること、オリーはもう少しマージンをとってクリーンに走る、ということです。
今回オリーはFP1から速さもあって、クラッシュしなければQ3にも進めたでしょうね。速さでいうと最初からリアム・ローソン(レーシングブルズ)にも引けを取らないくらいで、でもそのローソンがどういう結果だったかというと、予選で3番手、レースでは5位でした。だからオリーもそれくらいの結果を残せていた可能性がありますし、もったいないという言葉で言い表せないくらい、もったいなかったです。それだけのポテンシャルがクルマにもドライバーにもあるということですが、それを活かせていません。本人もそれを受け入れてどうにかしようと思っているけれど、まだ実行しきれていないのが現実です。ルーキードライバーに対して厳しいことを言うようですが、「F1は厳しい世界なので、ここにいる限りはやるしかない」と伝えていますし、僕は彼がやってくれると信じています。
今年のルーキードライバーといえば、ガブリエル・ボルトレート(キック・ザウバー)やアイザック・ハジャー(レーシングブルズ)はすごいですよね。特にハジャーは開幕戦のクラッシュからよく学んで、今は速さもあって大きなミスをしないですし。もちろん速さではオリーも負けていませんが、 今の段階で言えばハジャーとボルトレートがベストルーキーではないでしょうか。
9月25日(木)に発表した通り、翌26日(金)にイタリアのムジェロ・サーキットでTPC(Testing of Previous Cars/旧型車を用いたテスト)を行い、そこでロマンが5年ぶりにF1を走らせました。
僕たちはこの日をイタリアにあるハースのオフィスで働く従業員のための『ファミリーデー』としていたので、サーキットにはチームメンバーとその家族の計500人ほどが見に来ていました。イタリアの従業員は、僕たちのクルマが実際に走るのを見られる機会は多くないですし、グランプリ(エミリア・ロマーニャGPとイタリアGP)を見に来てもらうことはできても、その家族までは呼べません。ただ僕たちは家族のおかげでこの仕事をできていますし、できる限り家族のみなさんにも本人たちが携わっている仕事を楽しんでもらいたいという趣旨で、ファミリーデーを設けています。今回は25日にピレリのタイヤテストがあったのでサーキットにはエステバンとオリーがいて、それに加えてロマンも走ったので、ドライバー3人体制で豪華な1日となりました。
ロマンが走ることになった経緯というのは、あの大きな事故があった2020年のバーレーンGPが彼の最後のF1ドライブの機会になってほしくなかったからです。それは本人の願いでもあるし、僕たちの願いでもありました。トヨタとの提携によってTPCをできるようになったので、これでやっとロマンを乗せる機会を作れると思って提案したところ、彼もすごく乗りたがっていました。これまではテストチームがなくてこういうことはできなかったので、チームの人も喜んでいるし、みんなこの日を楽しみにしていましたね。
それに今回は、当時ロマンのクルマを担当していたクルーにできるだけたくさん来てもらいました。もちろん僕もそのひとりなので、僕がレースエンジニアを務め、当時パフォーマンスエンジニアだった人が今回もパフォーマンスエンジニアをやって、という感じでオリジナルのクルーたちがテストをサポートしました。ムジェロは高低差が大きくてジェットコースターのようなサーキットなので、F1のクルマの醍醐味がよくわかるコースです。ロマンがF1に乗るならこういうサーキットで走ってほしかったので、このムジェロでそれが叶って本当によかったです。個人的にも、ムジェロもこのトスカーナという丘陵地帯も好きなのでなおのこと嬉しいですね。
当日はあいにくの雨になってしまいましたが、ロマンは終日笑顔でF1ドライブとみんなとの再会を心から喜んで楽しんでくれました。僕が担当エンジニアとしてロマンと無線で話すのは2014年以来ですが、彼も「アヤオの声をラジオで聞いて、あの当時のままだった。あれから10年以上経ったなんて信じられない!」と言ってました。また5年前と比べて、テストといえども、どれくらいチームが成長したかも感じてくれて、まったくレベルの違うオペレーションになったと喜んでくれました。
「スタートやりたい?」と聞いたら「もちろん!」と言うので何度かスタート練習もしました。インディカーなどではローリングスタートなので、スタンディングスタートも5年ぶりだったんです。
当日タイヤテストで走っていたフェラーリとレッドブル、そしてピレリにも話して、最後にピットレーンに帰って来た際はみんなで迎えてあげることができました。ロマン本人もみんなも、この時はさすがにこみ上げるものがありましたね。夜は2020年のレースの時に行った地元のレストランで、みんなでチームディナーでした。とにかく、本当に楽しい最高な1日になりました。
F1の世界というのは、もちろん極限に競争の激しい世界です。そんな世界でも、人として大事なことを忘れずに大切にしたい、暖かいチームでありたいんです。そのチーム文化を今作っている最中です。そしてそんな文化のチームで将来は勝ちたいです!