2016年F1第2戦バーレーンGPでは、またしてもスタート直後に“事件”が起きた。自身51回目のポールポジションを獲得したルイス・ハミルトンが開幕戦に続いて出遅れ、接触事故の当事者となってしまったのだ。波乱のレースを無線交信の言葉を手がかりに、振り返る。
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スタート加速で出遅れたポールシッターのルイス・ハミルトンには、さらに過酷な運命が待っていた。スタート直後の1コーナーでインに飛び込んできたバルテリ・ボッタスと接触し、半ばスピン状態に追い込まれ、1周目を終えた時点で7番手までポジションを落としてしまったのだ。
ウイリアムズのボッタスにはレースエンジニアのジョナサン・エドルスが確認の無線を入れた。
「クリティカルなメッセージだ。我々もアクシデントは確認した。君から見て、クルマの状況はどうだ?」
「何も問題ない。いまのところ問題はないけど、フロントウイングの状況は映像でチェックしてくれ」
ボッタスは、そう報告したが、フロントウイングの左翼端板は大きく損傷し、さらにはドライブスルーペナルティを科されてしまった。「ハイライトは1コーナーまでの200mだけ。そこで僕のレースは、すべて終わってしまった」とボッタスは悔しがった。
また、ハミルトンの不運もポジションを失ったことだけではなかった。
「リヤの何かがおかしい感じがする!」
ハミルトンが無線で訴えたとおり、サイドのポッドフィンは砕け散り、フロアにも大きなダメージを負っていた。
トト・ウォルフによれば「空力性能にして何ポイントかは教えられないが、フロアのエッジに、かなり大きなダメージを負っていた」。ハミルトン自身も「ラップタイムにして0.8〜1.5秒くらいのロスだったはず」と言う。
そのダメージはハミルトンのレース戦略にも影響を及ぼした。13周目、首位ニコ・ロズベルグが前の周にタイヤを換えた2番手のキミ・ライコネンと同じソフトタイヤを履いたのに対して、ロズベルグに続いてピットインしたハミルトンはミディアムタイヤを選ばざるを得なかった。
「ダメージのせいでダウンフォースを失っていたから、キミと同じタイヤを履いてもギャップを縮めて攻略することは難しいと判断したんだ。だから異なる戦略で戦うことを決断した」とウォルフは説明する。
しかしミディアムを履いて1回少ないタイヤ交換で走り切ろうとした多くのドライバーがそうであったように、この日のコンディションで、それは正解とは言えなかった。ペースの遅さとデグラデーションの大きさだけではなく、前後バランスの変化が他コンパウンドとは大きく異なっていたこともあった。
「ハミルトンのラップタイムは1分39秒1、タイム差は2.4秒だ」
レース序盤はハミルトンを意識していたライコネンも、中盤以降は首位ロズベルグとの戦いに移っていき、ハミルトンは3位で、ひとり旅を強いられた。
「素晴らしい努力だった。素晴らしいリカバリーを果たし、ダメージを最小限に留めたよ」
3位でチェッカーフラッグを受けたハミルトンを、レースエンジニアのピーター・ボニントンがねぎらった。ダメージを最小限にしたと考えれば十分な結果だった。
しかし選手権を争うライバルに2連勝を許しても、ハミルトンの表情に余裕がうかがえたのは、別の理由があった。
「誰だって負けるのはイヤだ。だけど今日の僕らには勝てるだけの速さがあった。チームは冬の間に素晴らしい仕事をしてくれた。それが僕にはわかっている。ジャングルの中で、さまよっているような状況じゃないんだ」
予選でQ3の最後に逆転ポールポジションを決めた瞬間、ハミルトンは無線で雄叫びを上げた。
「フゥー! ハハハ! 最高のラップを決めてやった! なんてセクシーなラップだ!」
ロズベルグに昨年から続く5連勝を許したものの、昨年の終盤戦マシンフィーリングに苦しんでいたことは、とっくに解決できている。
「5連勝だとは思ってない、2連勝だ。今年に入ってからの2勝だけだ」
そうハミルトンが言い切るのは、決して負け惜しみなどではない。
(米家峰起/Text:Mineoki Yoneya)