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ジョディ・シェクターが語るジル・ビルヌーブと過ごした日々「ジルのキャリアにはまだまだ先があった」

2020年10月5日

 現在発売中の雑誌『レーシングオンNo.509』ではF1世界選手権の発足70周年を記念して、歴代チャンピオンやレジェンド級の人気を博したドライバー10名を“F1十勇士”と命名し抽出、キャリアヒストリーやエピソードの数々を収録している。


 ここではそのひとりとして本誌が選出したカナダ出身のフェラーリドライバー、ジル・ビルヌーブを取り上げる。1982年ベルギーGPの予選中に事故死した彼を、1979〜1980年にチームメイトとしてともに過ごしたジョディ・シェクターが当時を回想しているインタビューを抜粋してお届けする。
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(以下抜粋)
──1979年にジル・ビルヌーブのチームメイトになりましたが、それ以前から親しかったのですか?
ジョディ・シェクター(以下、シェクター):そうでもないけど、フェラーリに入ってすぐに気心知れるようになって、モナコでしょっちゅうツルんでいた。ダンスが好きで、女の子が好きで、すごく愉快なヤツだった。それでいてアタマもいいときている。だから、あっという間に親友と呼べる仲になった。一緒にいて楽しいだけじゃなく、互いに尊敬し合える間柄じゃないとそうはならないよね。根っからの善人というのは彼のような人間を言うのであって、およそ悪意というものが感じられなかった。


──仕事上の協力関係はどんな具合でしたか?
シェクター:ジルとはとてもうまくいっていた。正直で開けっぴろげな関係をずっと維持していたし、それが成功の秘訣だね。ウソやごまかしの類はどちらも一切なしで付き合えたからね。もし彼がウイングを立てるとかの調整を施して、それでタイムが上がれば、必ず私にも教えてくれた。むろん私もおなじようにする。おかげでジルにやられたことが何度かあったけども、それはお互い様。それくらい関係は良かったってことさ。だからこそタイトルが獲れたわけだし、チームメイト同士は常にそうでなきゃいけない。


──1979年の戦いぶりをどう総括していますか?
シェクター:プロと呼ぶに相応しい仕事をしたと思う。どちらも持てる力をすべてを出しつくして戦った。どちらが勝ったかは単なる結果に過ぎない。彼の方が速いということが何度もあったし、逆に私が速いこともあった。一切手抜きせずに戦い、最後に得点が多かった方がチャンピオンになった。それがたまたま私だったわけだね。


 翌年のクルマが散々な出来だったことが残念でならない。ジルは、そんなクルマでもすごい走りを披露していたからね。私の方はからきしでさ。同い年だけど、キャリアは私の方がかなり長いんだ。なのにジルは難なく乗りこなし、何度か上位争いにも加わった。こっちは10位以内に入るのさえ難しいんだから、そりゃメゲたよ。


 1980年の終わりに、ジルの発案で私へのメダル授与式というのが行われたんだ。あるグランプリのドライバーズミーティングで、彼がスピーチに立った。挨拶のあと、うやうやしく箱を手渡されたが、実はその中は空っぽだった。メダルはこれからオーダーするのだとね。結局そのままもらえずじまいになってしまったけれど、気持ちは十分に伝わったから嬉しかったよ。

シェクターが王座を決めた1979年イタリアGP。背後で後続をガードするのがビルヌーブ
シェクターが王座を決めた1979年イタリアGP。背後で後続をガードするのがビルヌーブ

■人々はジルをクレイジーだと言うが、実際はそうじゃない

──ジルはよくクレイジーだと言われていましたが、評判どおりでしたか?
シェクター:私がGPDA(グランプリ・ドライバーズ・アソシエーション)の会長を務めていたとき、ジルはとても協力的で、素晴らしいメンバーのひとりだった。彼も私も基本的な考え方は似ていて、できるだけ安全に走るという態度だ。でもここがチャンスと見て取れば、慎重さをかなぐり捨ててアグレッシブに攻める。彼は計算された危険しか冒さなかった、と私は考えているんだ。人々がジルをクレイジーだと言うのは、彼が意図的にこしらえたイメージであって、実際はそうじゃない。クレイジーだと思われることを彼は楽しんでいたのだと思う。


──ディディエ・ピローニとのいさかいについて何か聞いていますか?
シェクター:彼から電話がかかってきた。私達の関係は常に正直でオープン、ウソやごまかしの類がまったくなかったから、ふたりの友情がいかに貴重だったか、きっと彼も骨身に沁みていたのだろうね。ピローニがやったことはその真逆で、チームメイトにあんな仕打ちができるなんて、ジルには想像も及ばないことだった。それくらい彼は純真で、おまけに底抜けのお人好しだったわけさ。天地がひっくり返るほどショックを受けてとことん打ちひしがれていたな。まさに残酷と言うほかないね。


──事故の知らせを受けて、なにを考えましたか?
シェクター:何がなんでもピローニを打ち負かさなければならない、とジルは決意していたはずだ。それがとんでもない重圧になるほどにね。トラブルはこういう時に起きる。セッションも残りあとわずか、ここで一発決めたれ! とか思ったときに限ってバカなマネをしでかすのさ。ゾルダーで実際に何が起きたのかは知らないが、ジルの心理状態は容易に想像がつく。彼はチャンスに賭け、それがペイしなかったということだ。私もおなじ過ちを犯したことがあるから分かるんだ。今こうして喋っているのは、単に運が良かっただけさ。


──事故がなければジルはワールドチャンピオンになれたでしょうか?
シェクター:ジルは勝利そのものよりも勝ち方にこだわるドライバーだったから、そのあたりはどうかな。でもジルのキャリアには、まだまだ先があったはずなんだ。1982年はチャンスが十分あったと思う。そんなジルをファンもマスコミも愛してやまなかった。予選タイヤで最速ラップを叩き出すときの走りなんか、私が見ていても惚れ惚れするくらいだったものな。

1979年モンツァ。フェラーリが1-2フィニッシュした
1979年モンツァ。フェラーリが1-2フィニッシュした

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 誌面ではビルヌーブのほか、ファン-マヌエル・ファンジオ、ジム・クラーク、エマーソン・フィッティパルディからニキ・ラウダ、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、ミハエル・シューマッハーにフェルナンド・アロンソ、そしてルイス・ハミルトンまで“F1十勇士”の素顔に迫るエピソードが満載されている。


 ほかにもジャッキー・スチュワートが語るクラークの素顔や、セナに命を助けられたエリック・コマスの回想なども収録されているほか、ドイツ・ケルンにあるミハエルの歴代愛機コレクションにも現地取材を敢行しておりF1ファン必見必読の内容となっている。


 ニューズムック『レーシングオンNo.509 F1英雄たち』特集は、ビルヌーブの27番をイメージした特製ローソックスの特別付録がついて現在好評発売中だ。内容の詳細と購入は三栄のオンラインサイト(https://www.sun-a.com/magazine/detail.php?pid=11413)まで。

レーシングオンNo.509 F1英雄たち

オールカラー116ページ
価格:本体2164円+税

『レーシングオンNo.509 F1英雄たち』の詳細と購入はこちら
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(Adam Cooper)




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